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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)86号 判決

原告 住友重機械工業株式会社

右代表者代表取締役 西村恒三郎

右訴訟代理人弁護士 小山総三郎

同 加藤正信

被告 特許庁長官 若杉和夫

右指定代理人通商産業技官 山賀敏雄

〈ほか一名〉

主文

特許庁が昭和五五年審判第一二五六六号事件について昭和五六年二月一二日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四八年八月二九日、特許庁に対し、名称を「コークス炉頂の粉炭回収装置」とする考案について実用新案登録出願(昭和四八年実用新案登録願第一〇一三〇七号、以下「本願考案」という。)をし、昭和五三年一一月二九日実用新案出願公告(実公昭五三―四九七九二号)されたところ、実用新案登録異議の申立があったので、昭和五四年七月三〇日に手続補正をして後記「3本件補正後の実用新案登録請求の範囲」のとおりに補正(以下「本件補正」ともいう。)したが、昭和五五年三月二八日右補正を却下する旨の決定があり、同日付で登録異議の申立を理由ありとする決定がされるとともに、前記出願について拒絶査定がされた。

そこで、原告は、同年七月九日、審判を請求し、昭和五五年審判第一二五六六号事件として審理された結果、昭和五六年二月一二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされ、その謄本は同月二五日原告に送達された。

2  本件補正前の考案の要旨(前記実用新案出願公告にかかる実用新案登録請求の範囲)

「コークス炉頂面の粉炭を吸引して掃除する炉頂掃除機の粉炭回収部と給炭用ホッパーとをコンベアによって連結して前記吸引粉炭を再利用するようにしたことを特徴とするコークス炉頂の粉炭回収装置」(別紙図面(一)参照)。

3  本件補正後の考案の要旨(昭和五四年七月三〇日付手続補正書における実用新案登録請求の範囲)

「吸引ノズルが装炭車の走行に伴って装炭車の進行方向と直角方向に往復動して炉頂面の粉炭を吸引掃除する炉頂掃除機のその粉炭回収部の取出口と装炭車の給炭用ホッパーとをコンベアによって連結し、前記吸引粉炭を前記給炭用ホッパーに戻して再利用するようにしたことを特徴とするコークス炉頂の粉炭回収装置」

4  審決の理由の要旨

(一) 本件補正前及び補正後の考案の要旨は前記2、3項記載のとおりである。

(二) まず、本願考案の要旨について検討する。

本願考案の出願公告された明細書の記載によれば、コークス炉頂に飛散して蓄積した微細な粉炭を掃除機をもって回収することは、本願考案の登録出願前に知られていることを前提として、本願考案では、回収した微細な粉炭を炉内にどのような手段で戻すかを工夫した考案であると解される。したがって、掃除機の吸引ノズルの運動の仕方等は、本願考案の対象になかったものであり、事実それについては、本願考案の出願公告された明細書には何ら記載されていない。

そうしてみると、請求人(原告)が主張するとおり、装炭車の給炭用ホッパーに対して直角方向に運転するのが仮に周知の事実であるとしても、前記のごとく本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載を補正して、装炭車の運動方向(ノズルの運動方向)を規定したことによる効果を新たに主張することは、到底許されないことであり、昭和五四年七月三〇日付手続補正書による手続補正は、実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものである。

したがって、本願考案の要旨は、前記出願公告された明細書の実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの粉炭回収装置にあると認める。

(三) そして、審査手続において本願考案の実用新案登録出願に対する拒絶の理由となり、実用新案登録異議の決定の理由において引用された特公昭三一―四五二四号特許公報(以下「引用例」という。)(別紙図面(二)参照)には、コークス炉押出機戻炭処理装置において、ホッパー内に落下した戻炭をチェンコンベアにより、もう一度コークス炉に装入する技術的思想が記載されている。一方、前述したとおり、本願考案において新規性を主張する点は、掃除機が集めた粉炭をコンベアにより給炭用ホッパーへ移送することにあると認められる。そこで、本願考案と引用例の考案とを比較すると、引用例に記載された考案は、コークス炉押出機における戻炭ではあるが、コークス炉からの一部余剰炭をコンベアによりコークス炉に装入することを教示しているから、本願考案と引用例の考案とは、集めたコークス原料炭をコンベアによりコークス炉に戻す点において、同一である。したがって、本願考案は、引用例の考案からきわめて容易に考案をすることができたものというべきものである。

5  審決を取消すべき事由

審決は、次の点に誤りがあり違法であるから、取消されるべきである。

(一) (本願考案の要旨の認定の誤り)

(1) 昭和五四年七月三〇日付手続補正書に基づき実用新案登録請求の範囲の記載を前3項(本件補正後の考案の要旨)記載のとおりとした補正は適法であるのに、本件補正が実用新案登録請求の範囲の実質上の変更であるとし、本件補正前の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて本願考案の要旨を認定したのは、次に述べるとおり、明らかに誤りである。

即ち、本願考案の実用新案公報二欄一〇行ないし一三行には「炉頂掃除機1は掃除台車8に組込まれており、この掃除台車8がレール9によって支承されており炉頂面を移動できるようになっている。」との記載があり、更に、図面の第1図ないし第3図就中第2図及び第3図をみれば、給炭用ホッパーを設置した架台即ち装炭車の架台(装炭車の架台には必ず給炭用ホッパーが設置されていることは自明である。)には、装炭車の進行方向に直交してレール9を設置し、このレール9に掃除台車8が支承され、この掃除台車8には吸引ノズル3が取着けられている構造が明瞭である。したがって、当業者が、前記明細書の記載及び図面をみれば、吸引ノズルの運動方向は、装炭車の進行方向と直角方向であることは一目瞭然である。もし、吸引ノズルの進行方向が装炭車の進行方向と同じ方向であるならば、掃除台車8をわざわざレール9の上に支承して移動可能とすることは全く無意味なことである。なぜなら、装炭車の架台上に固定しておけば十分であるからである。

このように、当業者が、本願考案の実用新案公報における明細書の記載及び図面を一見すれば、吸引ノズルが装炭車の進行方向と直角方向に移動するものであることが十分に理解されうる以上、審決が「掃除機の吸引ノズルの運動の仕方等は、本来考案の対象になかったものであり、事実それについては、本願考案の出願公告された明細書には何ら記載されていない。」としたのは明らかに誤りというべきである。

したがって、右の誤りを前提として本件補正が実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものと判断したことも誤りである。

そのため、審決は、本願考案の要旨の認定を誤ったことになるから、違法として取消を免れない。

なお、審決には本件補正が、「装炭車の運動方向(ノズルの運動方向)を規定した」ものと読みうる記載があるが、前述のとおり本件補正後の本願考案においては、吸引ノズルの運動方向を装炭車の進行方向とは直角方向に運動させるようにするものであって、吸引ノズル運動方向と装炭車の進行方向とは同じではないのであるから、審決の右の点の記載が誤解によるものでないとすると、如何なる技術的事項を説明しようとするのか到底理解できない。

(2) 被告は、装炭車の架台に必ず給炭用ホッパーが設置されていることは知らないし、本願考案の出願公告された明細書には装炭車なる語すら記載されていないと主張する。

しかしながら、石炭装入車(装炭車)の架台には必ず装入炭積込ホッパー(給炭用ホッパー)が設置されていること及び装炭車が炉頂のレール上を炉団方向に進行するものであることは当業者において周知自明のことである(丸善株式会社発行・ユー・エス・スチール社編「鉄鋼製造法(上)」一五七頁図3・22及びその記述、株式会社重工業新聞社発行・製鉄機械設備総覧編集委員会編集「'80製鉄機械設備総覧」一〇八頁(1)装入車の項、平凡社発行「工業大事典6」三二四頁のコークス炉の項、丸善株式会社発行・社団法人日本鉄鋼協会編「鉄鋼製造法」(第一分冊製鉄・製鋼)二七六頁(1)装入車の項各参照)。

なお、当業者においては、石炭装入車のことを略して装炭車と呼んでいる(実開昭五四―六五九四七号公開実用新案公報、特公昭四八―四八四三号特許公報各参照)。また、本願考案の出願公告された明細書には、被告指摘のとおり、装炭車なる語が記載されていないが、これは余りにも自明のことであるから省略したにすぎない。

(二) (本件補正前の本願考案の進歩性の判断の誤り)

仮に本件補正が実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものとしても、本件補正前の本願考案は、引用例の考案からきわめて容易に考案をすることができるものとはいえない。

審決は、本件補正前の本願考案における次の技術的課題及び作用効果等を看過した結果、右本願考案を引用例の考案からきわめて容易に考案をすることができるものと誤って判断したものである。

(1) 解決した技術的課題

本件補正前の本願考案は、その出願公告された明細書に明記されているとおり、次の技術的課題を解決したものである。

即ち、「一般に、コークス炉頂には微細な粉炭が飛散して蓄積するものであるが、従来、その粉炭の処理方法としては、掃除機のバックフィルター下部のダンバーを手動にて開き、吸引した粉炭を猫車によって受け、人力により押出機側、戻炭シュートに排出していた。あるいは、バックフィルターの下部にスリーブを設け、そのスリーブをコークス炉頂部に多数配設された装入口まで下げてダンバーを開き、粉炭を炉内へ排出していた。しかし、前者の方法では人力によっているため作業時間を多大に要し、後者の方法では装入口から火炎が発生するという問題点を有していた。

この考案は、以上の問題点を解決したものであり、掃除機の下部にコンベアを設置し、吸引した粉炭を連続的に給炭ホッパーに回収し再利用するようにしたものである。」。

引用例には、右の技術的課題について何ら記載されておらず、これを示唆する記載すら見当らない。

引用例は、その一頁左欄一九行ないし三四行に記載されているとおり、「コークス炉の押出機戻炭を如何にしてコークス炉に戻すか」という技術的課題をレベラの炉内前進アクションを利用してレベリングホールより戻炭を押込むことにより解決したものである。

引用例は、この技術的課題を解決するに当り、付随的にホッパー内に落下した戻炭をチェンコンベア等によりコークス炉内に戻すことを教示しているにすぎないのである。

このように、本件補正前の本願考案と引用例とは、その解決しようとする技術的課題が全く異なる。

(2) 本願考案の登録出願当時の技術水準

甲第四号証の一(実開昭五四―六五九四七号公開実用新案公報)の考案は、昭和五二年に出願したものであるが、その第一図には、従来例として、コークス炉頂掃除機の回収炭貯蔵ホッパー9からトラック積ホッパー3を介して微粉炭を積込み石炭ヤード5に搬送するようにした技術手段が開示されている。このように、本願の出願当時には、炉頂掃除機による回収炭をコンベアで給炭ホッパーに移送して再利用するというようなことは想到されるに至らず、前項記載のような技術的課題が存していたにもかかわらず、当時の技術水準では、この課題は解決されていなかったのである。

換言すれば、当業者の技術水準によれば、同じコークス炉機械とはいえ、全く別異の技術に属する押出機に関する考案の教示事項を他の技術に応用することは、決して容易ではなかったのである。

このことは、引用例の存在にもかかわらず、実用新案登録された実公昭四六―三五二四九号実用新案公報(甲第五号証)記載の考案を見ても明らかである。甲第五号証の考案は、コークス炉におけるコークガイド車の落骸をコンベアにより回収することを要旨としたものであるが、引用例により押出機の戻炭をコンベアで回収することが公知であったにもかかわらず、別異の考案として登録されているのである。

このように、当業者の技術水準をもってしては、押出機の戻炭をコンベアによりコークス炉内に戻すことが引用例に教示されていても、これをコークス炉頂掃除機に応用することは容易ではなかった。

審決は、当業者の技術水準を誤認している。

(3) 本件補正前の本願考案の作用効果

本件補正前の本願考案は、実用新案登録請求の範囲に明記した構成要件を具備することによって、従来のように炉頂掃除機の運転を中断して粉炭を人力により排出したり、同じく粉炭を直接炉内へ排出することなく、「この考案によれば、掃除機の下部にコンベアを設置し炉頂面の粉炭を連続的に吸引して給炭ホッパーに回収し、再利用できるため、火炎の危険がなく、かつ、人手を必要とせず、容易に粉炭の回収及び再利用ができ、実用的価値が大である。」という効果を奏する。

(4) 本件補正前の本願考案と引用例のものとの顕著な相違点

引用例の考案は、「もともとコークス炉のレベリングホールからホッパー内に(一定個所)にこぼれ落ちた一部余剰炭(押出機戻炭)をそのままもとのところにコンベアで戻すこと」を教示するにすぎない。

引用例のものと本件補正前の本願考案とを対比すると、次の点において顕著に相違する。

① 対象物の相違

引用例のものは、コークス炉からこぼれ落ちた一部余剰炭(押出機戻炭)を捕集対象物とするのに対し、本件補正前の本願考案は、コークス炉頂面全域に飛散蓄積した微粉炭を捕集対象物とする。

② 捕集場所の相違

引用例のものにおける捕集対象である余剰炭は、コークス炉のレベリングホールからホッパー内(一定個所)にこぼれ落ちたものであり、そこでそのまま捕集するのに対し、本件補正前の本願考案の捕集対象である微粉炭は、コークス炉の炉頂に飛散蓄積したものであって、炉頂面全域広範囲から捕集する。

③ 捕集手段の相違

引用例のものは、なんら格別の捕集手段を用いず、単にコークス炉からこぼれ落ちた一部余剰炭をそのままホッパー内に受入れるにすぎないのに対し、本件補正前の本願考案は、コークス炉頂面の粉炭を吸引して掃除しながら捕集する。

④ 回収位置の相違

引用例のものは、集めた一部余剰炭をそのままもとのところに戻すにすぎないのに対し、本件補正前の本願考案は、捕集した微粉炭をもとのところに戻すのではなく、給炭ホッパーに回収して再利用する。

右のとおり、審決は、本件補正前の本願考案が解決しようとした技術的課題と引用例の解決しようとした技術的課題の相違を無視し、かつ、本願考案の登録出願当時の技術水準を誤認した結果、本件補正前の本願考案が引用例のものからきわめて容易に考案をすることができたものとしたのであって、明らかに誤りであるから、違法として取消されるべきである。

二  被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし4の事実は、認める。

2  同5の取消事由についての主張は、争う。

審決の判断は正当であり何ら違法の点はない。

(取消事由(一)について)

出願公告された明細書に記載された本件補正前の本願考案は、コークス炉頂に飛散して蓄積した微細な粉炭を掃除機で回収し、次いで、人力等で炉内に移送していることがその登録出願前知られていたことを前提とし、その回収した粉炭を掃除機の下部に設置したコンベアにより給炭用ホッパーまで移送することに新規性ありとしてされた考案である。

たしかに、右明細書の二欄一〇行ないし一三行には、原告指摘のとおりの記載があり、かつ、添附図面には、掃除機の組込まれた掃除台車がレール上に載置されていることが示されていることは、被告も認める。しかしながら、右の記載及び図面からは、掃除台車が炉頂面上でレールの上を移動できることが理解できるとしても、図面には、レールの一部しか記載されていないから、掃除台車のレール上の移動方向の全体は不明である。ましてや、吸引ノズルの移動と装炭車の進行方向との関係については、右明細書、図面には何ら記載されていない。

このため右記載されていない事項を、実用新案登録請求の範囲に挿入すること及びそれに基づいて新たな効果を主張することは、許されない。

また、原告は、装炭車の架台には必ず給炭用ホッパーが設置されていることは自明であるから、本願考案の右明細書及び図面の記載から、当業者であれば、ノズルの運動方向は装炭車の進行方向と直角方向であることは一見して明らかであると主張する。

しかしながら、装炭車の架台に必ず給炭用ホッパーが設置されていることについては被告は知らないし、右明細書中には装炭車なる語すら記載されていない。

この点の立証のために、原告が提出した特公昭四八―四八四三号特許公報には、コークス炉に関する一つの発明が記載されているにとどまるから、その記載をもって、右装炭車の架台には必ず給炭用ホッパーが設置されていることが、本願考案の登録出願前に周知の事実であると直ちにみることはできない。

仮に右事実が本願考案の登録出願前周知のことであるとしても、本件補正前の本願考案は、前述のとおり掃除機に回収した粉炭を掃除機の下部に設置したコンベアにより給炭用ホッパーまで移送することに新規性ありとしてされた考案であるから、本件補正によって装炭車及び吸引ノズルの移動方向を規定した構成とし、これによる効果を補充することは、本件補正前の本願考案の性格を変更することになるから、本件補正は、実用新案登録請求の範囲を実質的に変更するものである。

したがって、本件補正を却下されるべきものとして、本願考案の要旨を本件補正前の実用新案登録請求の範囲の記載のとおりに認定した審決は正当である。

審決に本願考案の要旨の認定についての誤りはない。

(取消事由(二)について)

次に述べるとおり本件補正前の本願考案における技術的課題、作用効果等に関する審決の判断には誤りはなく、審決には何ら違法の点はない。

(1) 技術的課題について

本件補正前の本願考案は、前述のとおり、コークス炉頂に飛散して蓄積した微細な粉炭を掃除機で回収し、次いで、人力等で炉内に移送していることが本願考案の登録出願前知られていたことを前提としているので、本件補正前の本願考案の技術的課題は、その回収した粉炭を炉内へどのような手段で戻すかを工夫することであったといえる。

これに対し、引用例の考案における技術的課題は、コークス炉押出機において、レベラーとともに炉外に運び出される剰余石炭を炉内へどのような手段で戻すかにあり、引用例の考案にあっては、それをコンベアを用いることにより解決したものである。

本件補正前の本願考案と引用例の考案とを比較すると、両者とも、コークス炉からはみ出た本来炉内に納まるべき粉炭又は石炭をいかにして炉内へ納めるかという点においては同じである。また、引用例の考案では、石炭と記載されているが、本件補正前の本願考案におけると同じくコークス炉内へ納めるべきものであるため、粉炭も当然それに含まれている。

このため、コークス炉からはみ出た、本来炉内に納まるべきコークス原料炭を、炉内へどのような手段で戻すかという点で、両者の技術的課題は同一である。

(2) 作用効果について

本件補正前の本願考案は、出願公告にかかる明細書の三欄一行ないし六行の記載によれば、掃除機の下部にコンベアを設置し、炉頂面の粉炭を連続的に吸引して、給炭ホッパーに回収し、再利用できるため、火炎の危険性がなく、かつ、人手を必要とせず、容易に粉炭の回収及び再利用ができ実用的価値が大であるという効果を有していると認められるが、引用例の考案においても、レベラーの下側に設けられたホッパー内に落下した戻炭をチェンコンベアによりレベラー中に捲上装入し、レベラーの炉内進入運動を利用して、戻炭をコークス炉に装入しているので、他の複雑な装置を必要とせず、作業能率を向上させることができるという効果を有している。

したがって、引用例の考案は、集めたコークス原料炭をコンベアによりコークス炉に戻すという手段を示しており、コンベアによりコークス炉に戻すことにより、右のとおりの効果を有するものであるが、この効果は、本件補正前の本願考案における効果と何ら差異はない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1ないし4の事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。

(取消事由(一)について)

まず、本件補正(昭和五四年七月三〇日付の手続補正書による補正)によって、炉頂面の粉炭を吸引して掃除する炉頂掃除機に関して、「吸引ノズルが装炭車の走行に伴って装炭車の進行方向と直角方向に往復動して」の文言が付加されたことは争いのない本件補正の前後の実用新案登録請求の範囲の各記載からして明らかである。

ところで、《証拠省略》によって認められる従来周知の装炭車(装入車)の備えている装置に関する図示やその説明からも明らかなとおり、一般に、コークス炉の炉頂には、石炭槽から炉頂のレール上を移動してきて、各炭化室に石炭を装入するための装炭車が設置されていて、この装炭車には各炭化室に石炭を装入するための給炭用ホッパーが装着されているのが普通であるから、本願考案においても、コークス炉上に前記の周知な装炭車と同じような装炭車が設置されており、かつ、この装炭車にはコークス炉の各炭化室へ石炭を供給するための給炭用ホッパーが装着されているものとみるのが当然である。このような装炭車が一般に備えている装置についての周知な事項に照らして、本件補正前の本願考案の明細書の内容を検討してみると、その考案の詳細な説明には、「炉頂掃除機1は、掃除台車8に組込まれており、この掃除台車8がレール9によって支承されており、炉頂面を、移動できるようになっている。」(本願考案の実用新案公報二欄一〇行ないし一三行)との記載があるうえ、同明細書添附の第1図ないし第3図によっても、本願考案の炉頂掃除機は、その吸引ノズル3を炉頂面に接するようにして移動掃除台車8に取付けられ、レール9上を移動するように設置されており、かつ、そのレール9は、装炭車の台枠上に敷設されていることが容易に理解できる。そして、炉頂掃除機を組込んだ掃除台車8が、前叙のとおり装炭車の台枠上に敷設されたレール9上を移動する以上、装炭車が石炭槽からコークス炉の炉頂のレール上を移動することに伴って炉頂掃除機も、装炭車と同じ方向に移動するのは勿論であるが、更に、炉頂面の置かれている特殊な諸条件のもとにおいてその全面を隈なく掃除するためには、炉頂掃除機は、装炭車の移動方向のみではなく、これと直角方向に移動させる必要もあることは自明なことであり、予期されるところであるから、前記のレール9は、装炭車の進行方向と直角方向になるよう装炭車の台枠上に敷設されているものとみるのが相当である。即ち、掃除台車に組込まれた炉頂掃除機は、当然に装炭車の進行方向と直角方向(レール9の方向)に往復移動できるように配置されているものとみるべきものである。

このように、装炭車の一般に備えている装置についての前記のとおりの周知の事項に基づいて、本願考案の明細書の全記載及び各図面をみると、炉頂掃除機の移動方向に関して本件補正が規定する要件は、本件補正前の本願考案の実用新案登録請求の範囲においても、本来、実質上前提とされ包含されているものということができる。

そうすると、本件補正は、本願考案における炉頂掃除機について、それが本来当然に備えていた構成を明瞭にしたにすぎないから、本件補正は、実用新案登録請求の範囲を実質上変更したということにはならない。

したがって、審決が、本件補正は、実用新案登録請求の範囲を実質上変更したものとして、本願考案の要旨を本件補正前の実用新案登録請求の範囲の記載のとおりとしたのは誤りというべきである。

《証拠省略》によれば、引用例には、審決認定の如き技術的事項が開示されていることが認められるが、審決の右の点の誤りは、引用例に開示された技術的事項に照らし、審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法として取消を免れない。

三  以上のとおりであるから、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は正当として、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木秀一 裁判官 舟本信光 舟橋定之)

〈以下省略〉

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